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  • 2010.02.24 Wednesday
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最後の昼休み/小説

「最後の昼休み」

 

 たっぷりと日光を含んだ風が、アイボリー色のカーテンを揺らした。射し込む光から逃れる為に視線を落とすと、薄汚れた白衣の袖口が目についた。真っ白だったはずなのに、いつの間に汚れてしまったのだろう。もはや、このカーテンの色と変わらないのでは、と不安になる。
 僕は、カーテンを片手で弄びながら、アイボリー色と、かつては白だったはずの色を並べて見比べていた。
 昼休みを知らせるチャイムと共にドアが開かれ、僕はカーテンから手を離した。
「先生」
 未だしつこく鳴り続けるチャイムに混じる、舌足らずな甘い声。
「茜」
 振り向かなくても、誰が来たのかすぐに悟った。
 僕は、振り向けなかった。

「おだいじに」
 数分前まで気持ちよさそうに寝ていた生徒を廊下まで見送ってから、僕は時計を確認した。昼休みが始まる十分前。よくもまあ、こんなにタイミングよく目覚めるものだと、先程の生徒に少し感心する。
 おそらく、午前中の仕事はこれで終了だ。
 今日の朝は、全校集会が行われる日だったということもあり、本当に貧血を起こしてここに担ぎ込まれた生徒も何人かいたが、全員少し休んだだけで教室に戻って行った。
 昼休みが始まる数分前から、保健医である僕は急速に暇になる。
 退屈な授業から逃げ出す為に、保健室に訪れる生徒は腐る程いる。しかし、相当具合が悪いという理由以外で、貴重な昼休みをわざわざ保健室で潰そうなんて奴はいないのだ。
 ただ一人、茜を除いては。

 ぺたぺたと落ち着かない足音が、板張りの床に響く。その音は、僕の斜め後ろでぴたりと止まった。
 白衣の裾をごく弱い力で引かれ、僕は仕方なく振り返った。
「どうした、茜。具合でも悪いのか」
 茜は、首を横に振って、僕の言葉を否定した。
 我ながら、酷い言葉だったと思う。しかし、酷くない言葉なんて見つからなかったのだ。
 茜の真正面にいるというのに、僕は下を向いて彼女の脚を見ていた。紺色の短いプリーツスカートから伸びる茜の脚は、危うい程に真っ白で、僕は何度も目を逸らしたくなった。それでも、茜の目を見つめるよりはずっと容易いことだった。
突然、茜の顔が視界に飛び込んできた。僕は、世界が反転したのかと思う程驚いた。
「先生、やっと茜の顔見てくれた」
 そう言って、茜は無邪気に笑った。
 茜はしゃがみこんで、僕の顔を見上げていた。黒目がちの大きな瞳が、きらきらと光っていた。その瞳に今映し出されているのは、僕だけだ。一点の曇りもない茜の笑顔を、僕という曇りが汚している。後ろめたさに、再び視線を外してしまおうかと思ったけれど、それ以上に、何を今更、という自嘲気味な思いが過った。
 何を今更。僕が茜を汚したのは、今に始まったことではない。
 僕は開き直って、茜の瞳を真っ直ぐに見つめ続けた。

「先生、窓閉めてもいい?」
「いいよ」
 僕はベッドの端に腰掛けて、窓を閉める茜の後姿をぼんやりと眺めていた。小さな背中や風に吹かれて乱れた髪型が、後姿までをも幼く見せていた。周囲の女子生徒と同じセーラー服でさえ、茜を子どもと印象づけるのに一役買っていた。
 つい数分前に切り捨てたはずの感情が、再び首を擡げる。
「何を今更、だ」
 僕は自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。
 風に煽られたカーテンに何度も飲みこまれ、もがきながらの作業だったせいか、茜が窓を閉め終わったのは、僕が予想していた時刻より何分か遅かった。
 窓を閉め終わった茜は、満足気な表情で僕の隣に座った。乱れたままの髪を手で梳いて整えてやると、少し照れたように笑った。

「ねえ、先生」
「どうした?」
「後ろのドアって、鍵閉まってるの?」
「ああ、あっちはずっと閉めてあるけど」
「じゃあ、ここには茜と先生以外誰もいないんだね」
 ここに、僕と茜しかいないことは事実だが、別に後ろのドアの鍵は関係ないだろう。僕がそのことを尋ねると、茜は思案しながらも再び話し始めた。
「あのね、茜が言いたいのはね、後ろのドアの鍵が閉まってるでしょ。さっき窓閉めたでしょ。それにね、茜、ここに入って来るときに前のドアの鍵閉めたから、誰も入って来れないでしょ。だから、茜と先生だけなの」
「密室ってことか」
「そう!」
 僕に自分の気持ちが伝わったことが相当嬉しかったのか、茜は僕に抱きついた。突然胸の中に飛び込んできた体温と質量に、僕は一瞬戸惑ったけれど、すぐに強く抱き締めた。
 僕の腕の中で、小さくて愛しい生き物が呼吸している。このまま腕の力を強めたら、いとも容易く粉々に壊れてしまうのではないか。とくんとくんと脈打つ鼓動が、シンクロし、加速して行く。
 時間が止まればいいのに。喉まで出かけた安っぽい台詞を、僕は強引に飲み込んだ。

 沈黙を破ったのは、茜だった。
「先生、茜のこと好き?」
「もちろん」
 一瞬、茜は僕に強くしがみついた。しばらくするとゆっくりと腕を解き、僕の目を見つめた。
「先生、結婚したってほんとなの?」
 突然、世界が静止画になった。先程までは聞こえもしなかった秒針の音が、耳元で鳴り響く。
「ああ」
 時間を押し出すように、言葉を絞り出した。答えなければ、この昼休みが永遠に続いてしまうような気がしていた。
 
 つい先日、僕は学生時代から交際している恋人と結婚した。もちろん彼女は、僕と茜の関係を知らない。茜も、僕に恋人がいることは知らなかったはずだ。
 若い保健医の結婚というおめでたいニュースは、おそらく、全校集会の際に校長の口から告げられたのだろう。その時間はずっと保健室にいたが、ここを訪れた生徒の何人かに「おめでとうございます」と言われたので、察しはついていた。
 そのニュースを、茜はどんな心境で聞いたのだろう。悲しんだだろうか、それとも、僕に腹を立てたのだろうか。どちらの茜も、僕には想像できなかった。僕の前で、茜はいつも笑っていたからだ。
「茜、寂しくなんかないよ」
 相変わらず、茜の笑顔には曇り一つないように見える。しかし、笑顔に痛々しさが同居しているのを見逃すことはできなかった。茜は、嘘を吐いている。茜は、寂しいのだ。
 嘘を見破ったところで、僕に何ができるのだろう。何もできないどころか、加害者は僕なのに、何ができるというのだろう。
「だって先生、かわいそう。もう、奥さんにも会えなくなっちゃうんだよ。だから、茜が一緒にいてあげる」
 茜は、僕の頬を両手でそっと包み、優しく微笑んだ。茜の真意が見えず、僕は彼女の瞳を覗き込んだ。茜の瞳には、情けない僕の顔だけが映し出されていた。
「茜」
「ねえ先生、今日で世界は終わっちゃうんだよ、お昼休みと一緒に」
 茜は、まばたきもせず、僕だけを見ていた。

「今日はこんなに天気がいいのに、世界が終わってしまう訳ないだろう」
「でも、終わっちゃうんだよ」
「どうして?」
「茜もわかんないけど、たぶん天気がいいからだよ」
「そうかもしれないな」
 本当に、そうかもしれない。こんなに天気がいいのだから、何かの間違いで世界が終わってしまうこともあるかもしれない。神様でさえ、全てを投げ出してしまいたくなるのかもしれない。
 窓の外には、何もかも焼き尽くそうとする太陽と、虚しくなる程青い空があった。鮮やかな光に照らされ、茜の頬の産毛が金色に煌いた。僕は思わず手を伸ばし、茜の頬に触れた。太陽よりもささやかで、確かな熱を感じた。
 まともな頭ならば誰も信じないであろう茜の言葉は、何の違和感もなく僕の脳に染み込んだ。おそらく僕は、熱に浮かされているのだろう。
「先生、かわいそう。もう世界は終わっちゃうんだよ。何もかも、失くなっちゃうんだよ」
 太陽を背にしているせいか、茜の表情はよく見えない。ただ、白い光の中で、微かに動く赤い唇だけがはっきりと見えた。
「だから、茜が一緒にいてあげる」
 赤い唇から零れ落ちた甘い声が、僕の耳に注ぎ込まれた。
 
 光が爆ぜた。

 僕は、縋るように茜に手を伸ばす。光に満たされていくこの小さな世界には、僕と茜しか存在していない。
 もう既に、僕は溶け出しているのだろう。
 茜は、胸を掻き毟るように、自らシャツのボタンを引き千切った。弧を描いて弾け飛んだボタンは、乾いた音を立てて床に散った。白いシャツよりも更に白い茜の肌が、僕の手に触れた。溶け出してしまいそうな熱に包まれながら、僕は白衣を脱ぎ捨てた。霞んで行く視界の片隅に時計が写る。
 ああ、あと十秒。九、八、七、六…
 僕は目を閉じた。

 強い力が、僕の胸を押した。鮮やかな程に呆気なく、茜の体が離れていく。
「どこに行くの」
 僕の言葉は、空を切った。
 髪型も制服も乱れたまま、茜は入り口の鍵を開け、廊下に飛び出した。そして、校内に響き渡るチャイムすらかき消すほどの大声で、叫んだ。
 廊下を往来する人の群れが、茜のもとへと集まり出す。女教師が、茜を抱き締め何事か囁いている。生徒達が、僕に軽蔑の眼差しを向ける。
 ああ、そういうことか。まるで他人事のように事態を把握した。僕は、保健室の向こう側の世界へと戻ることはできないのだ。
 俯いていた茜が、一瞬だけ顔を上げて僕を見た。僕は、茜の顔を忘れてしまわないようにと、目を閉じた。

野愛







JUGEMテーマ:小説/詩



ソーダ水/詩

喉を刺した
頬を打った
泡が弾けた

浮かんでは消えていく

誰を忘れた
何を失った
泡が弾けた

浮かんでは消えていく

喉を刺した
頬を打った
泡が弾けて

舌に残った甘さも消えた

浮かんでは消えていく

野愛


初めての方も初めてでない方も初めては早めでしたという方もこんにちは。

野愛です。文学とアイドル♀とプロレスと下ネタと酒とフルートが好きな駄目人間です。

「珠玉の肌触り。」は野愛が詩とか小説とかをちんたら書いては見せて書いては見せてを繰り返すオナニー的なブログです。

生温い目で見守ってください。

本拠地は極上の舌触り。です。

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